孔子は「学ぶ」と「習う」を区別して使っている。学ぶ、は知識として覚えること。これに対して、習う、は自分で繰返し経験して修得することを意味している。つまり、「知る」ことと「わかる」ことだと言ってもいい。
三千年以上も前の人には自明だった、この区別が、現代の人にはわからなくなっているらしい。そう思うようになったのは、最近の経営書ブームの影響を見てからのことだ。
タイム・コンサルタントの日誌から : 「わかる」ことと「知る」こと (via ginzuna) (via otsune) (via kuriz) (via kondot)
2010-02-25 (via gkojay) (via yuichibass) (via no-exit) (via plasticdreams) (via wingknights)
12ヶ月前 | 固定リンク | 2011年 5月 29日 | 
